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各地の支援団体

小さな町で切れ目ない支援活動へ 持続可能モデルを徳島から

取組事例の主な分野:小さな町で切れ目ない支援活動へ 持続可能モデルを徳島から

支援団体トピックス

小さな町で切れ目ない支援活動へ 持続可能モデルを徳島から

一般社団法人うみのこてらす(徳島県)

2026年7月17日 掲載

活動の拠点とする徳島県牟岐町の人口は約3300人(令和8年⦅2026年⦆1月)。この小さな町にも“支え”を求めるこどもたちはたくさんいます。「居場所」となるフリースペースを作るところからはじめ、小学生から高校生までを見据えた“寄り添う支援”により、一人ひとりに光を灯そうとしています。


団体が作った「居場所」は、「つながり、学び、いろいろな経験をする場」になっている(うみのこてらす提供)

地元に中高生の居場所づくり 不登校のこども向けの活動も

活動の原点は、代表の川邊笑さんが大学時代に参加したボランティア活動で出会ったこどもたちでした。特に、家庭の事情もあり不登校だった小学5年生の男の子が言った、「やりたいこともない。生きている意味あるんですかね」の言葉は衝撃だったといいます。しかし、その子は一緒に過ごすうちに力を取り戻していきました。「心配したり応援してくれたりする人、信頼できる人との出会いは大切。家庭と学校以外に安心できる場所があることの意義を強く感じました」と川邊さんは振り返ります。そのころ、徳島の友人から、「昔は私もしんどかった」と聞き、不登校の友達がいたことを知ったこともきっかけになり、地元で活動をスタートさせました。


「小学校から高校まで切れ目なく、安心して社会参画できる体制を作りたい」と話す川邊代表

高校時代の同級生と2人で準備を始め、令和3年3月、中高生を中心に誰でも気軽に立ち寄れる居場所「ゆあぷれ」を牟岐町にオープンしました。当時は、大学が休みになる時だけの活動でしたが、就活を目前にした4年生になる時が転機になりました。就職すれば活動はあきらめざるをえないし、長期休みの時だけの活動では“居場所”にはなっていない。そんな思いもあり、1年間、大学を休学。まず、「ゆあぷれ」を毎週日曜の常設にしました。しかし、「だれでもどうぞ」の場所には、学校に行けなくてしんどい子は来られません。そこで、平日、不登校のこどもたちを対象にした「われもこう」を開設しました。ここに来る小中学生は、15校すべてで出席扱いになりますが、川邊代表が、地元の学校とパイプのある元校長に協力してもらって1校ずつ回り、報告を上げることなどを条件に認めてもらいました。

拠点へ来られない子に 家庭訪問事業でつながりを

活動を続けることを決めて令和5年に法人を設立。地域のコミュニケーションの場として、「てらす食堂」を開設。拠点に来られないこどもたちのために、家に出向いて学習支援や心のケアを行う訪問事業も本格的に取り組み始めました。令和6年度からは「こどもの未来応援基金」を活用して活動を拡大。有償メンバーを増やして安定した運営体制を整え、廃校となった小学校を拠点に「われもこう」を週2回にしたほか、学校や行政との定例会を設けて緊密に情報交換を行っています。月1回、必要な食材を届けて、こどもたちや保護者とのつながりを築く「てらすbox」事業は、牟岐町を含む海部郡の約20の家庭を回っていますが、令和8年には県域に広げたいといいます。


スタッフは、定例会で情報交換を行ったり活動記録を蓄積したりしながら、支援の質を高める体制を取っている(うみのこてらす提供)

徳島市にフリーカフェ開設 大学生をボランティアに

令和6年8月には、徳島市内に中高生のためのフリーカフェ「ゆうてらす」を開設。目的の1つはボランティアの大学生を集めることでした。こどもたちにとって、年齢が近い“斜め上”の存在である大学生との出会いは視野を大きく広げるといいます。学生はイベントを開いたり、勉強を教えたりしますが、進路や親との関係など、相談に乗ることもあります。


活動への理解・支援を拡げようと、SNSでの発信や寄付者を招いての現地ツアーなども企画している(うみのこてらす提供)

都市部の拠点とオンラインによる支援で、広く・長く

徳島に拠点を置くもう1つの目的は、団体の活動を存続させることです。人口減が続く地域での活動は、こどもがいなくなると必要なくなって、団体も閉じざるを得なくなります。ですが、都市部に拠点を構えておけば、支援対象のこどもたちが減っても対応できます。
また、令和7年6月にはオンラインで学習支援を行う取り組みも始めました。これにより、拠点まで遠くて通えない子にも対応できるようになり、引きこもりや不登校のこどもたちが出て来られるようになった時、対面の拠点につなげやすくなったといいます。川邊代表は、県内各地に拠点を置き、その中間点や離れた場所はオンラインでカバーする「徳島モデル」を作り、将来は、支援体制が整っていない全国の過疎地にも広げたいと考えています。
「安心感のある場所でいろんな人と出会い、悩みながらも自分なりの一歩を踏み出す。その経験が自分の未来を作る力になります」。川邊代表はそう話し、生まれた環境によって諦めることのない社会を目指して活動を続けています。

(令和8年1月9日取材)