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サッカーを通じて「こどもたちが元気な街づくり」
横浜FC(神奈川県)
2026年4月30日 掲載
サッカーJリーグの横浜FCを運営する株式会社横浜フリエスポーツクラブ(本社:神奈川県横浜市)は、「こどもたちが元気なまち」をテーマに掲げ、ホームタウン活動に取り組む。「こどもの未来応援基金」への寄付のほか、横浜FCの選手が市内の小学校に出向く授業も実施。「こどもが元気になれば、街も元気になる」と、こどもが夢を持てる社会の実現を目指している。
横浜FCでホームタウン活動に取り組んできた金井智恵子さん(左)と現担当の青木真人さん
コロナ禍の2020年にプロジェクト
横浜フリエスポーツクラブが「こどもの未来応援国民運動」に参画したのは2020年。ホームタウン活動に取り組む金井智恵子さんによると、SDGs(持続可能な開発)をはじめ、Jリーグが「シャレン!」と銘打って推進している社会連携活動に横浜FCとしても積極的に取り組んできたことから、二つのプロジェクトを企画した。
一つは、クラブのトップパートナーの横浜冷凍株式会社やNPO法人フードバンク横浜などと協力したこども食堂だ。当時はコロナ禍だったため、参加した小学生と保護者41人は屋外の公園で食事をし、横浜FCの2選手とオンラインで交流した。もう一つは、横浜FCのオフィシャルクラブマスコット「フリ丸」の焼き印をつけた寄付付きパンの開発。横浜市内のパン屋「バニヤンツリーベーカリー」で販売し、売り上げの一部を「こどもの未来応援基金」に寄付した。二つのプロジェクトのために同年8~9月に実施したクラウドファンディングで109万5000円の支援金を集め、フリ丸の焼き印を新たに5種類製作したという。金井さんは「コロナ禍による感染症対策の中、実現できるか手探り状態だった。小さなクラブなので大変だったが、こどもたちと選手の交流もオンラインならできると考えを巡らせた」と振り返る。「御菓子司 うさぎや」と協力してフリ丸の焼き印入りどら焼きも創作。パンとどら焼きは各店舗や横浜FCの試合会場で現在も販売し、基金への寄付を続けている。
試合会場で焼き印入りのどら焼きを持つオフィシャルマスコット「フリ丸」(左)(ⒸYOKOHAMA FC)

店頭で販売される「フリ丸」の顔の焼き印が入ったパン(ⒸYOKOHAMA FC)
Jリーガーが小学校で授業
横浜FCの選手が小学校の教壇に立つ授業「夢で逢えたら」にも力を入れている。「カズ」の愛称で知られる三浦知良選手がヴィッセル神戸時代に発案し、横浜FC加入以降、横浜FCの選手たちが継承している。小学校6年生がノートに書いた将来の夢を発表。努力や困難な時もポジティブな気持ちを持つことの大切さなどを選手が呼びかけ、こどもたちの未来を応援している。多い年では、1シーズンに10校ほど訪問し、クラスごとに選手1人が教壇に立つ。2025年度は延べ14選手が約450人の児童に授業をしており、2025年11月には、熊倉弘貴選手が横浜市立川島小学校を訪れ、人間性と感謝の大切さをこどもたちに伝えた。

「夢で逢えたら」で人間性と感謝の大切さを説く熊倉弘貴選手(ⒸYOKOHAMA FC)
2025年は一般社団法人日本シングルマザー支援協会の会員を対象にした「母子の夢で逢えたら」を開催。講師として横浜FCのOBの元日本代表・南雄太氏を招き、参加者全員が夢を発表しあうなどして交流し、ホームスタジアムのニッパツ三ツ沢球技場で行われた試合にも招待した。
クラブ設立当初から社会貢献事業に注力
1998年12月に設立された横浜FCが熱心に社会貢献活動に取り組むのは、クラブの成り立ちが関係しているという。1993年のJリーグ発足時に名を連ねた横浜フリューゲルスが1998年、横浜マリノスに吸収合併される形で消滅することが明らかになった。フリューゲルスのサポーターたちによって設立された団体が横浜FCの運営会社である横浜フリエスポーツクラブとなり、横浜FCが「市民クラブ」として誕生した。

横浜FCのホームスタジアム「ニッパツ三ツ沢球技場」
金井さんは「市民、サポーターの力でできたクラブなので、SDGsという言葉がなかった時代から、地域に根ざした社会貢献活動は我々の軸としてぶれずに取り組んできた」と説明する。特にこどもが元気になれば街も元気になると考え、こどもたちが夢や希望を持てる活動に重点を置いてきた。今後の目標は、活動を続けることで多くの人々に周知し、横浜FCと共に行動してくれる人の輪を広げることという。
(2026年1月26日取材)